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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12843号 判決 1999年12月20日

原告 三井鉱山株式会社

右代表者代表取締役 原田正

右訴訟代理人弁護士 兒玉公男

同 岩田拓朗

同 濱田清

同 齋藤祐一

被告 三菱石油株式会社訴訟承継人 日石三菱株式会社

右代表者代表取締役 大澤秀次郎

右訴訟代理人弁護士 大塚正夫

同 畑口紘

同 田中晋

同 播磨治

主文

一  被告は、原告に対し、金二三億七八九五万九〇〇〇円、及び、うち金三億三〇六九万六六五一円に対する平成七年九月一日から、うち金七億〇七一九万七四六五円に対する平成七年一〇月一日から、うち金七億二四〇九万七六八三円に対する平成七年一一月一日から、うち金六億一六九六万七二〇一円に対する平成七年一二月一日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、泉井純一に対して金融利益を与えることを目的として設定された石油製品の業者間転売取引における原告の債権について被告が保証したとして、原告が、被告に対し、保証債務の履行を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定することができる事実(認定事実は証拠を掲げる。)

1  当事者等

原告は、石炭、石油の販売、コークス、セメントの製造・販売等を業とする株式会社である。

被告は、平成一一年四月一日、訴訟承継前の被告三菱石油株式会社を合併したが、同社は、石油製品の精製・販売等を業とする株式会社であった(以下、同社を「被告」という。)。

泉井純一(以下「泉井」という。)は、泉井石油商会と称して、石油製品の業者間転売取引の斡旋をして仲介口銭を得ていた者である。

2  サイト差取引

石油製品販売業者間において順次石油製品が転売されていく業者間転売取引(以下「業転取引」という。)の過程を商流というが、業者AないしCの間にA→B→C→Bという商流がある場合において、代金決済期限を、BからA及びCに対する関係では三〇日とし、CからBに対する関係では一二〇日とするというように、商流中に意図的に決済期限の差を設けることがあり、そのような取引をサイト差取引という。サイト差取引においては、例えば、右の例のCは、取引の三〇日後にBから代金の支払を受けた後、Bに代金を支払うまでの九〇日間、代金相当額を手元に滞留させて利用することができ、実質的にBから融資を受けたことになる。更に、同額の販売代金で新たな商流を設定し、これを反復継続することにより、決済期間差分の販売代金相当額を滞留させ続けることができる。この場合、BがCに対して与信を与えたことになり、Bがその間の金利を負担することとなる。

3  平成七年二月ころ、被告東京支店次長であった大槻健(以下「大槻」という。)と原告石油部副部長であった上妻正法(以下「上妻」という。)との間で、泉井の下に三か月分の販売代金相当額の資金を滞留させるサイト差取引を行うとの合意がされた。

4  同年三月一日付け被告東京支店次長大槻名義で、次のとおり記載された覚書(以下「本件覚書1」という。)が作成され、原告に交付された。

「弊社依頼に基づく、下記商取引に係わる債権債務に関し、弊社、三菱石油株式会社がすべてを保証する事とする。その証として、本書を差し入れます。

1 商品 C重油他石油製品

2 商流 三菱石油→日商岩井石油→伊藤忠商事蝶理/川上貿易→三井鉱山→泉井石油商会→三井鉱山→三喜興産→東邦石油/中部電力→三菱石油

3 決済条件

(1)回収条件(三菱石油・三喜興産)月末締切翌月末現金

支払条件(泉井石油商会)月末締切翌月末現金

(2)回収条件(泉井石油商会)月末締切一二〇日後現金

支払条件(伊藤忠商事・川上貿易)月末締切翌月末振出九〇日手形

4 決済金額 月商五億七〇〇〇万円

5 保証期間 平成七年二月以降

その後、平成七年三月一日付け被告東京支店次長大槻名義で、右覚書の商流中の三井鉱山と泉井石油商会の間、並びに、決済条件の(1)支払条件及び(2)回収条件のところに、それぞれドミニオンインターナショナル株式会社(以下「ドミニオン」という。)を加え、決済金額を月商七億二〇〇〇万円に訂正した内容の覚書(以下「本件覚書2」という。)が作成された。

5 3に基づき、平成七年二月から同年七月分まで、具体的な商流が設定され、サイト差取引が実施された。

このうち、同年四月ないし七月分として、それぞれ合計約六億二〇〇〇万円、約六億九〇〇〇万円、約七億一〇〇〇万円、約六億二〇〇〇万円分に相当する石油製品の業転取引が設定され、これに基づき、原告は、泉井に対し、買掛代金として、同年五月ないし七月末に、それぞれ六億一七三二万七〇七六円、六億八九七〇万六一三八円、七億〇五六二万七九〇七円にそれぞれ消費税を加えた額を支払い、同年八月末に、三億円を原告の泉井に対する同年四月分のサイト差取引に基づく売掛代金債権と相殺するとともに、七月分の買掛代金残額三億二〇〇五万七三八四円を支払った。

6 5のサイト差取引の業転取引の一部として、原告の仕入先及び販売先について別紙一ないし八記載のとおり取引が設定され、これに基づき、原告は、右相殺により消滅した分を除いて、泉井及びドミニオンに対し、次の販売代金債権を有するに至った。

平成七年 相手方 未回収代金債権額 支払期日

四月分 泉井 二億〇七三四万八四七七円 八月三一日

ドミニオン 一億二三三四万八一七四円 右同日

五月分 泉井 三億六四四四万四一一四円 九月三〇日

ドミニオン 三億四二七五万三三五一円 右同日

六月分 泉井 五億八三〇二万六七〇二円 一〇月三一日

ドミニオン 一億四一〇七万〇九八一円 右同日

七月分 泉井 六億一六九六万七二〇一円 一一月三〇日

合計 二三億七八九五万九〇〇〇円

三  争点

1  保証契約の成否及び内容並びに有効性

(一) 保証契約の成否及び内容

(1) 原告の主張

二3のサイト差取引について、大槻は、被告東京支店次長として被告のためにすることを示して本件覚書2に署名押印し、原告代理人上妻との間で、右サイト差取引における原告の泉井又はドミニオンに対する石油製品販売代金債権について被告が連帯して保証する旨の保証契約を締結した(以下「本件保証契約」という。)。

本件保証契約において保証の対象となる主債務の範囲は、右サイト差取引における泉井又はドミニオンの原告に対する石油製品販売代金債務であり、右覚書中の商流は、例示として記載されたものであって、これにより右主債務の範囲が限定されるものではない。

別紙一ないし八記載の各取引は右サイト差取引のために具体的に設定された商流の構成部分であり、これに基づく原告の泉井及びドミニオンに対する債権は、本件保証契約の対象となる。

(2) 被告の主張

本件覚書2の記載上、本件保証契約の対象となる主債務の範囲は、右覚書中に記載された商流と合致する業転取引上の泉井及びドミニオンの原告に対する債務に限定される。仮に中間業者について右商流と異なることが予定されていたとしても、石油製品の販売代金額が右覚書記載の月額七億二〇〇〇万円の範囲内に収まるよう右業転取引をコントロールできることが、被告が保証債務を負う上で当然の前提となるのであり、少なくとも、右覚書中に記載された商流と起点と終点が一致する商流、すなわち被告を起点とし被告又は三喜興産株式会社(以下「三喜興産」という。)に終わる商流上の債務に限定される。

原告は、被保証債権について右商流の特定をしていないから、原告の請求は特定性を欠き理由がない。なお、別紙一ないし八記載の取引のうち、本件覚書2中に記載された商流と一致するものは、別紙八の平成七年七月八日分の取引のみであり、被告が商流上に現われない取引が半数くらいある。

(二) 保証契約の有効性についての被告の心裡留保の主張

大槻は、上妻が文案を作成し、原告社内における手続上形式的に必要であると言って署名押印を求めてきたことから、本件覚書2に署名押印したのであり、これにより、被告が原告の泉井らに対する債権について保証債務を負うという法的効力が生ずることはないと認識していた。

上妻も大槻が法的効力が生ずることはないと認識して本件覚書2に署名押印したことを認識していた。また、代表者名義で作成された覚書と異なり、東京支店次長という名義で作成された覚書が法的効力の点において問題があることは、商取引に関与してきた者であれば、通常当然に理解できるものである。

よって、大槻の本件保証契約締結の意思表示は心裡留保によるものであり、原告代理人上妻もこれを認識し又は認識し得たのであるから、本件保証契約は無効である。

2  大槻の代理権の有無

(一) 原告の主張

(1) 被告は、平成五年上期(同年四月から同年九月まで)以降仲介口銭名目で泉井に対し、原告に指示して指定の金額を前払させ、その後被告が取り扱う商流において売買差益を得させることによって原告に対し右口銭及び原告手数料を支払うという取引(以下、被告の泉井に対する報酬支払のため、原告が泉井に前払し、被告がこれに原告の手数料を加えた額を原告に補填する取引を「前払口銭取引」という。)を行っていたところ、遅くとも右前払口銭取引に先立つ平成五年三月末までに、大槻に対し、特命として、被告が泉井への資金援助のために業転取引の口銭名目で金銭を落とす上で必要な取引を行うことについての代理権を付与した。右代理権は、泉井に対する報酬支払及び資金援助をするために必要な取引について包括的に与えられたものであり、どのように業転取引を設定するか、その際に被告の保証を入れるか否かなど泉井への資金援助を具体的に行うために必要な取引についての決定権も含まれていた。

(2) 被告は、大槻に対し、平成七年二月、それまで国土産業株式会社(以下「国土産業」という。)を介して泉井に対して行われていた一二億三〇〇〇万円の迂回融資につき、国土産業に代わって原告を介したものとするために新たなサイト差取引を開始するに当たり、そのサイト差取引及び迂回融資額を増額するためのサイト差取引を行う代理権を与えるとともに、これらの取引を行うために不可欠となる保証行為を行う権限を併せて付与したものである(被告は、代理権付与の時期に関する原告の主張を、右(1)の時点又は平成六年五月までの時点と理解しているようであるが、原告の平成一一年二月二六日付け準備書面(七)四六頁から四九頁の記載に照らすと、原告は、右のとおり、平成七年二月の時点での代理権付与をも主張していることが明らかである。)。

(二) 被告の主張

被告は、大槻に対し、原告の泉井らに対する債権について保証する旨の代理権を授与したことはない。

(1) 大槻の権限

被告は、大槻に対し、昭和六三年以降、石油製品の生産量と販売量のギャップを調整するための需給取引の中で月額二〇〇〇万円の範囲で泉井に対して報酬支払事務を行うことを委ねた。被告は、大槻が需給部から異動した後も、大槻に対し、右の限度で泉井に対する報酬支払のため需給取引を行うことを認めたが、これは、被告を代理する権限を付与したものではなく、需給部長ないしその上位者の権限の範囲内で、その具体的事務を行うことを委託したにすぎない。

(2) 平成四年以降、泉井に対して支払われた報酬額が増加しているが、泉井の被告に対する貢献の対価としては月額二〇〇〇万円の報酬でさえ十分すぎる額であり、被告には、平成四年以降、泉井への報酬を増額しなければならないような事情はなく、右増額は、大槻が被告に無断で行ったものである。

なお、大槻は、平成四年ころから平成六年五月ころにかけて、泉井より合計五七六〇万円の資金援助を受けていた。

(3) 大槻による無断増額が可能な理由

① 需給取引及び決裁の方法

需給部における需給取引の目的は、操業計画に基づく各種油の生産量と販売量のギャップを調整することにある。すなわち、生産量が販売量を上回る場合、市場で売却する(売切取引)か、他社に貸して後に同量を返してもらい(バーター取引)、生産量が販売量を下回る場合、市場で購入する(買切取引)か、他社から借りて後に同量を返す(バーター取引)。

需給部には、部長の下に、備蓄チーム、生産・需給計画チーム、需給取引チームがあり、備蓄チームを除く二つのチームが需給取引に関係する。常務取締役以上が出席する経営会議が毎年三月に年間の販売計画・操業計画を策定し、これに基づき、需給部生産・需給計画チームが関係部局との間で四半期及び月次の販売計画・操業計画を策定し、需給取引チームが、四半期及び月次の計画に現われる生産量と販売量のギャップに応じて需給取引を実行する。

需給取引チームの買切取引は次の手順をとって行われ、支払が実行される。すなわち、需給取引チームの担当者が、月次計画にある当月分の不足分の買注文を出す。その際、売主との間で油種、量、価格決定方式等を合意する。担当者は、買注文を出して、売主との間で買切取引が合意されると、取引相手毎に、日々の需給取引について、価格を除き、油種、量等のデータを「特取明細ディテール」という月単位の集計表にコンピュータで入力する。翌月初め、担当者間で、予め合意した方式に基づいて価格を決め、担当者は、取引相手毎に決定された価格を「特取明細ディテール」に入力する。売主は右合意に基づいて請求書を発行し、需給部に送付する。需給部担当者は売主より送付された請求書と、特取明細ディテールに入力されている事項とが合致していればチーフ主査の決裁を求め、この段階でチーフ主査は、担当者の買切取引の内容をチェックし決裁する。次に、経理部担当者が、特取明細ディテールに入力されたデータに基づき資産会計課長の決裁を得て支払を実行する。この際、経理部担当者は、特取明細ディテールの記載の取引にかかる支払か否かのみをチェックし、値段まではチェックしない。支払手続には、需給取引チームのチーフ主査、資産会計課長が関与するだけで、上位者の決裁は不要である。

② 需給取引を利用した泉井報酬原資の捻出方法

泉井への報酬原資は、日常の需給取引を利用して、通常の決済・支払手続を通して捻出された。

泉井に対する報酬支払を開始した昭和六二年末ころ、当時常務取締役であった古川澄男(以下「古川」という。)に支払方法を任せられた需給部長の岸柾文(以下「岸」という。)は、これを更に当時需給部取引チームのチーフ主査であった大槻に任せた。

大槻は、需給部生産・需給計画チーム等が策定した四半期又は月次の販売計画・操業計画を利用して高値の買切取引をし、特殊明細ディテール上、売切買切取引かバーター取引かの区別がないことから、買取価格を、買切取引より高額のバーター価格で設定し、多数の取引においてこれを積み重ねることにより、報酬原資を捻出することとした。

大槻は、需給取引チームチーフ主査であった間は、高値に設定した価格を特殊明細ディテールに入力し、自らチーフ主査として決裁した。大槻は、平成三年四月に需給部から異動したが、岸は、大槻に対し引き続き泉井報酬分を捻出するための需給取引を継続するよう指示するとともに、後任の需給部長及び需給担当役員に対し、順次大槻の行う需給取引をそのまま認めるよう指示し、後任者がその旨後任のチーフ主査に命じたことから、それ以降も、大槻が報酬原資を捻出するための買切取引を指定した上、価格決定方法又は価格を指示し、大槻の指示どおり、特取明細ディテールに入力され、チーフ主査により決裁された。

(3) 大槻による無断増額が可能であった理由

大槻は、岸が需給部長在任中の昭和六三年六月までは、毎月泉井に対する報酬支払額を報告していたが、その後は必ずしも報告をせず、支払方法については、国土産業を介して支払うことのみを告げ、具体的方法や額については報告せず、また原告を通して支払うようになった平成五年度以降も、事後に原告が関与することになった旨報告したが、具体的な処理方法や額はやはり知らせていなかった。

社内のチェック体制についても、需給取引中、売切買切取引については、毎月報告書に油種、取引先毎にまとめられ、需給部長に報告され担当取締役に回覧されていたが、報酬原資捻出のための買切取引は、右報告書にも記載されず、前記のとおりバーター価格で設定され、バーター取引の外観が作られていたことから、右報告書に記載しなくても、それがおかしいこととは見られなかった。売切買切取引とバーター取引との整合性もチェックされることはなく、また、特取明細ディテールは、毎月A四版五〇〇枚位の膨大な量となり、担当者以外の者はチェックしないことから、被告社内において、右方法により、どれだけの額が報酬として流出しているかをチェックできるシステムになかった。

更に、報酬原資捻出のための取引は、例えば、平成五年度では約一五億八〇〇〇万円であるところ、被告の同年における商品仕入原価は約三五一一億円、需給取引等による仕入高は約六六〇億円であり、それぞれ約〇・四五パーセント、約二・四パーセントを占めるにすぎず、しかも、需給取引は取引による損得よりも品物の確保が優先される分野であって、その原価は必ずしも第一義的には問題とされず、この点からも、泉井報酬分の金額について、異常が発生したと判断すべき契機とはならなかった。

3  取締役会決議の欠缺

本件保証契約締結についての商法二六〇条二項二号違反の有無及び本件保証契約の有効性

(一) 被告の主張

(1) 商法二六〇条二項二号違反の有無

本件保証契約の締結は、被告にとって、商法二六〇条二項二号所定の多額の借財に該当する。

すなわち、右多額の借財に該当するか否かは、当該借財の額、その会社の総資産及び経常利益に占める割合、当該借財の目的及び会社における従来の取扱等を総合的に考慮して判断されるべきであるところ、本件保証契約における保証の額は、滞留する三か月間分の代金支払を保証する趣旨であれば二一億六〇〇〇万円となり、四か月分の代銭支払を保証する趣旨であれば二八億八〇〇〇万円となるのであって、保証の額そのものから見て多額であるということができ、更に、被告の社内規定上、重要な保証は取締役会の専決事項とされ、保証は予め予算化して、予算の一環として取締役会に付議することとされ、二億円以上の保証の実行は社長が決裁権限を持つと規定されており、支店次長には何ら保証に関する決裁権限がないこと、被告の平成六年度の資本金、総資産、負債額、経常利益は、それぞれ、八〇六億五六〇〇万円、七九〇三億四九〇〇万円、五六六〇億二二〇〇万円、二五七億一四〇〇万円であり、右二一億六〇〇〇万円という金額が占める割合は、それぞれ、二・六八%、〇・二七%、〇・三八%、八・四〇%であることに照らしても、多額の借財に該当するということができる。

したがって、本件保証契約の締結には、取締役会決議が必要であるところ、この点について、被告の取締役会決議は存在しない。

(2) 本件保証契約の有効性

原告は、本件保証契約につき、被告の取締役会決議のないことを知り又は知り得べき状況にあった。

すなわち、本件保証の額は、四か月間の代金支払債務を保証する趣旨であるとすれば、二八億八〇〇〇万円という莫大な額の保証であり、保証の対象は、泉井という個人に資金援助するために設定されたサイト差取引の商流上の債務であり、更に、本件保証の際作成されたとされる本件覚書1、2は、被告東京支店次長大槻名義で作成され、同人の個人印が押印されているにすぎない。

金額も期間も設定せずにサイト差取引により個人に資金援助するために、このような莫大な保証をするための代理権を与えるということは、取引通念上あり得ず、保証という取引の性質、右大槻の肩書、使用された印鑑、作成された書面に対する保証金額の大きさ等に鑑みると、原告は、被告に問い合わせるなどして、大槻の権限を調査し、本件保証契約についての取締役会決議の存否を確認すべきであった。

しかも、本件覚書が作成されたのは、泉井に対する報酬額が減額された直後の平成七年二月ころのことであり、このような時期に、保証の趣旨によっては二八億八〇〇〇万円という巨額の保証がなされるという経緯に加え、原告社内において、本件保証契約の直前に、国土産業に対する与信枠を四億円から五億七〇〇〇万円に増加させるため新たに与信枠設定手続が取られていたことに照らすと、原告には、被告に取締役会決議の有無を確認すべき契機があったといえ、被告の取締役会決議の不存在を知り又は知り得べき状況にあったということができる。

それにもかかわらず、原告は、右調査をせず、被告の取締役会決議の不存在を確認しなかったのであるから、本件保証契約は無効である。

(二) 原告の主張

(1) 商法二六〇条二項二号違反の有無

保証契約の締結自体は、同号所定の借財に該当せず、更に、本件保証の場合、被告は、これにより泉井から様々な利益を得ることを目的として契約を締結しているのであるから、この点からも右借財に該当するとはいえない。

本件保証の金額も、被告の平成六年度の総資産額が約六九二九億円であることに照らして多額であるということはできない。

(2) 本件保証契約の有効性

商法二六〇条二項の取締役会決議を欠く取引行為は、会社の内部的意思決定を欠くに止まるから、取引の相手方において右決議を経ていないことを知り又は知り得べきときでない限り、その取引は有効であるところ、本件保証に先立つ被告と国土産業との取引及び原告との前払口銭取引がいずれも被告によって決済されていること、右保証契約は、泉井への資金援助ないし報酬支払のために、被告山田菊雄社長、古川副社長を含め被告のトップが直接関与して、特命事項として大槻に実行させたもので、原告としても被告の取締役会決議を経ていないことを疑うべくもない状況に合ったことからすれば、原告は、被告の取締役会決議の不存在につき善意無過失であったということができる。

よって、本件保証契約は有効である。

4  表見代理(民法第一一〇条、一一二条)の成否

(一) 原告の主張

仮に、大槻に対して、本件保証契約について代理権が付与されていたと認められないとしても、民法第一一〇条、第一一二条に基づく表見代理が成立し、本件保証契約の効果は被告に帰属する。

(1) 基本代理権(民法一一〇条)

① 前払口銭取引の代理権

本件保証契約の締結当時、前払口銭取引は継続して行われており、大槻は、平成七年二月二四日付け覚書を作成して同年上期及び下期分の前払口銭取引を原告に依頼していたところ、大槻は右前払口銭取引について被告より代理権を付与されていた。

② サイト差取引の代理権

二5のサイト差取引のうち、平成七年二月分及び同年三月分の取引は、同年六月及び七月に、大槻が設定したとおり決済され、被告により各商流上の当事者に口銭が支払われた。このように、大槻の設定したとおり被告が各商流上の当事者の口銭を負担して決済されたことからすれば、右二月分及び三月分のサイト差取引について、被告が大槻に代理権を付与していたこと、あるいは被告が大槻の行為を追認したことは明らかである。

(2) 正当事由(民法一一〇条)

前払口銭取引と決済ずみのサイト差取引は、いずれも泉井に対する報酬支払又は資金援助という同一の目的のために行われたものであり、報酬又は援助資金の最終の出捐者はいずれも被告である。

また、これらの取引は、いずれも大槻の主導によって行われたものであり、しかも、原告が関与する以前に、被告は、大槻に権限を付与して、国土産業に対して資金を滞留させるサイト差取引を行い、これにより泉井に対して資金援助を行っていた。更に、前払口銭取引、サイト差取引の方法は、いずれも大槻が同様の形式の覚書を作成した上、各覚書に示された金額の範囲で月間計画表を作成し、これに基づいて実際の商流が仕組まれるという手順によるものであって、原告からみれば、前払口銭取引及び決済ずみのサイト差取引についての大槻の代理権と、二5のサイト差取引の四月ないし七月分についての大槻の代理権とを区別するための契機は全く存在しなかった。

更に、国土産業に資金を滞留させるサイト差取引を介した泉井への実質融資の経緯、平成六年五月に報酬額が問題とされた以降も大槻を処分することなく、同人に引き続き泉井への報酬支払を担当させていたことなどの被告の態度からすれば、原告にとって、大槻が本件保証契約を行う権限を与えられていなかったと疑う契機はなかったというべきであり、原告には、大槻に右代理権が付与されていたと信ずるにつき正当事由がある。

(3) 民法一一二条の表見代理

大槻は、二5記載のサイト差取引のうち、平成七年二月分及び三月分の取引について被告の代理権を有していた。同年四月分以降のサイト差取引について大槻の代理権が消滅していたとしても、原告は、右代理権の消滅につき、(2)記載のとおり善意無過失である。

(二) 被告の主張

(1) 大槻に付与されていた権限は、月額二〇〇〇万円の範囲で泉井に対する報酬原資を捻出するため、通常の需給取引を利用して取引を行うという事務のみであり、そもそも代理権を付与されていたことはない。更に、本件保証は、商法二六〇条二項二号の多額の借財に該当し、取締役会の決議を要するところ、取締役会の決議を要する行為については、日常取引における代理権は権限踰越による表見代理の基本代理権とならないというべきであるから、本件保証についての基本代理権は存在しない。

(2) 仮に基本代理権となり得るとしても、次のとおり、原告には、大槻の無権限につき過失があり、正当な理由は認められないから、表見代理は成立し得ない。

① 日常取引についての権限しか有しないことが明らかな者が多額の債務の保証をし、その相手方が取締役会の決議の存在を確かめない場合は、権限ありと信ずべき正当の理由を有しないというべきである。

② 原告は、泉井に対し、平成五年上期から平成六年上期までの間に、二一億二〇〇〇万円を支払ったが、他方、これに関し、平成五年上期約一億三二〇〇万円、同年下期約一億五四〇〇万円、平成六年上期約一億〇五〇〇万円、合計約三億九一〇〇万円もの巨額の利益を得ているものと推測されるところ、上場企業が、個人に対して右のような巨額の利益を与え、その手数料として通常の十数倍もの利益を与えることは通常の取引ではあり得ず、また、平成六年下期以降、泉井への前払口銭取引による報酬支払額が減額されているにもかかわらず、他方で、他の方法により、泉井に対し、減額前の月額約一億二〇〇〇万円の報酬支払額を上回る月額七億二〇〇〇万円、三か月分二一億六〇〇〇万円もの実質的融資を行うというのであるから、これを不自然に思うのが取引通念上当然である。

しかも、原告社内においても、大槻作成の覚書の法的効力に問題がある旨検討されていたこと、原告代理人として本件保証を締結した上妻が、平成六年五月ころ、被告の泉井常務と会って、大槻が被告に無断で報酬を増額していたことを知り、大槻が被告社内で認められていない取引を行ったことを認識していたこと、原告社内においても与信限度制度があり、融資の際には、主債務者、保証人の信用状況、保証権限の有無を調査することとされていたことなどからすると、原告としては、当然に、被告に確認するなどして大槻の権限を調査すべきであったのにもかかわらず、原告はこれを怠った。

③ 更に、前払口銭取引、サイト差取引のいずれにおいても、覚書の文案を作成したのは上妻であり、大槻は上妻に要請されて署名したにすぎないのであるから、覚書の形式が同じであることをもって、前払口銭取引とサイト差取引とで代理権の区別の契機がないということはできず、しかも、前払口銭取引において覚書上記載された保証の意味は、原告が泉井に前払した金員を被告が直接原告に対し補填するという趣旨であり、原告と被告との直接の取引行為上の約束の意味であるのに対し、サイト差取引において覚書上記載された保証は、原告の泉井に対する石油代金債権の保証の趣旨であり、両者は性質を異にしているのであるから、前払口銭取引において原告に補填されたことをもって、資金滞留取引についても保証の権限があったということはできず、原告に過失があることは否定できない。

第三当裁判所の判断

一  前記第二の二の事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1(一)  被告の泉井に対する報酬支払の経緯

泉井は、大阪で十数軒のガソリンスタンドを有する会社を経営し、石油元売各社の担当者らと親しく付き合っていた者であり、一時右事業から手を引いたものの、昭和五二年八月には泉井石油商会を設立し、以前の交際による人脈を利用して石油製品の業者間転売取引の斡旋をすることによって仲介口銭を得るようになり、昭和五〇年代中ころから、被告と他の業者との間の業転取引の斡旋をして、その取引に介在する国土産業を通じて被告から仲介口銭を得ていた。泉井は、このような取引を続けるうちに被告や他の石油元売会社に出入りして各社の役員等と面識を持つようなり、また、官僚や政治家とも広く交際し、それによって得た様々な情報を被告に提供するなどして、被告の役員らとは容易に面会し得る関係にあった。

石油元売会社は、昭和六二年当時、通産省の行政指導により、各社ごとにガソリンの生産量の枠を定められていたところ、被告の生産量枠はその販売量よりも少なく、販売実績を維持するためには自社の生産するもの以外に市場から割高なガソリンを調達しなければならない状態にあり、被告は、そのために年間約一〇〇億円もの余分な調達コストを負担するという不利益を受け、不満を抱いていた。泉井は、被告の不満を知り、通産省や業界の関係者に探りを入れた結果、通産省は各社が生産量枠を守っているか否かを確認することはなく、これに違反してもそれが発覚するおそれはないと考え、その旨被告にアドバイスし、当時被告の需給部長であった岸に対し、違反が発覚した場合には泉井が対処する旨約束したことなどから、被告は、その生産量枠を越えてガソリンを生産することとし、これにより、昭和六二年下期から右行政指導がなくなった昭和六三年度末までの間、前記のような余分な調達コストの負担を免れるなどの利益を得た。

泉井は、昭和六二年一二月ころ、右生産量枠に関する貢献などの見返りとして報酬を要求し、被告は、泉井に対し、月額約二〇〇〇万円ずつ合計約五億円を支給することとした。報酬の支払方法は需給取引を通じて行うこととされ、被告の古川常務が岸需給部長にこれを委ね、岸は、報酬支払のための需給取引の実施を需給部主査であった大槻に委ねた。大槻は、泉井が、一般の業転取引を斡旋した際の仲介口銭と同様、国土産業を介して報酬を得ることを要望したことから、伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」という。)又は三喜興産から国土産業が通常の仕入価格で仕入れた石油製品を、被告が市場価格より高い価格で国土産業から購入する取引を設定し、これにより、国土産業に通常より多額の利益を与え、国土産業が、その中から、業転取引における仲介口銭名目で泉井に報酬相当額を支払うこととした。

被告は、右約五億円の支払完了後の平成元年暮れころ以降も、泉井の生産量枠に関する貢献等に対する見返りと、その後も同様に情報提供を受けあるいは泉井の交友関係を利用して利益を得ることを企図して、泉井に対して報酬支払を継続することとした。

被告は、当初、月額約二〇〇〇万円を限度として、年間約一億円の報酬支払を継続することとしていたが、実際の支払額は次第に増加し、平成四年度には約一〇億円に達した。泉井は、これを自己の収入としたほか、被告に代わって有力な政治家に対する政治献金を行うために利用した。

岸は、昭和六三年、需給部長から異動した際、後任の武藤需給部長に、泉井に対する報酬支払を大槻に任せているので引き続き大槻による需給取引を認めるよう指示し、更に、平成三年四月に大槻が需給部から異動した後についても、担当役員で当時常務取締役であった泉谷良彦(以下「泉谷」という。)と相談の上、引き続き大槻に対して泉井に対する報酬支払のための需給取引を行うよう指示するとともに、武藤に対し、大槻による右需給取引を認めるよう指示し、後任の需給部長、需給部主査に順次引き継がせた。

(二) 国土産業に対するサイト差取引

国土産業は、泉井の仲介で被告から土地を購入し、これを担保に被告と直接販売取引契約を継結していたところ、平成四年五月ころ、同土地が値下りしたことから、泉井を通じて被告に不満を述べるとともに支援を求め、被告は、これに応じて同社を支援することとし、当時の販売担当取締役であった泉谷が取引上無理のない範囲で配慮するよう大槻に指示し、大槻は、サイト差取引により、国土産業に対して金融利益を与えることとした。すなわち、「三喜興産→国土産業→関西菱油(被告の子会社)→三喜興産→被告」という石油製品の商流において、関西菱油から国土産業への支払サイトを三〇日、国土産業から三喜興産への支払サイトを六〇日とし、被告の負担で、国土産業の下に、三〇日間、販売代金相当の資金を滞留させることとした。

泉井は、平成二年ころ株式投資に失敗するなどして多額の損失を受け、その後国土産業から一二億円の借入れをするなど資金繰りに窮していたことから、右のサイト差取引を利用して金融利益を得ようと考え、平成四年七月ころ、大槻及び国土産業エネルギー建材部長松尾俊之に対し、右商流に蝶理株式会社(以下「蝶理」という。)を加え、サイト差を三〇日から九〇日へ変更することを要請した。これに基づいて商流が変更され、同年九月ころから平成六年一二月ころまでの間、国土産業の下に三か月分の販売代金相当額の資金が滞留されることとなり、これにより、泉井は国土産業を介して約一二億円の金融利益を受けることとなった(以下、この国土産業の下に資金を滞留させ泉井に金融利益を与えるサイト差取引を「サイト差取引①」という。)。

当初設定されたサイト差取引①の基本となる商流と各取引当事者間の決済サイトは、「被告→(三〇日)→三喜興産→(三〇日)→日商岩井石油株式会社(以下「日商岩井石油」という。)→(三〇日)→蝶理→(一二〇日)→原告→(一二〇日)→国土産業→(三〇日)→関西菱油→(三〇日)→三喜興産→(三〇日)」(以下「商流①」という。)というものであり、原告がこの商流に参加したのは、蝶理が国土産業に対して与信枠をもっていなかったことから、国土産業が両社の間に入るよう原告に依頼したことによるものであった。その後、同年一〇月ころからは、「伊藤忠→原告→国土産業→三喜興産→伊藤忠」(以下「商流②」という。)という商流も加えられ、泉井は、右各商流に、更に、国土産業を起点として、「国土産業→(一二〇日)→京阪物産株式会社(国土産業の子会社。以下「京阪物産」という。)→(一二〇日)→ジェイ・アイ・コンサルティング(実質的に泉井が経営する会社。以下「JIC」という。)→(三〇日)→国土産業」という副流を設定することにより、JICに約一二億円の資金を滞留させた上、泉井石油商会がJICからこれを借り受けることにより実質的融資を受けていた。

2  前払口銭取引

(一) 泉井は、平成四年夏ころ、原告の石油部石油製品グループリーダーであった上妻を大槻に紹介し、右三名は、平成五年二月ころ、被告から泉井への報酬支払を、それまでの国土産業経由に代えて原告経由とすることを協議した。原告は、当時本業である石炭関連事業に加えて石油販売事業への進出を図っていたから、被告と取引を開始することは、原告にとってほど良い規模の安定した供給元を確保できることとなり好都合であった上、被告にとって公にできない支払に加担することにより、被告から多額の手数料を得られるという利点もあったし、被告としても、泉井に対する支払を密かに継続できるばかりか、原告傘下のガソリンスタンドを自己の傘下に収めることにより販売高を伸ばすという利益を得られることから、右協議は順調に進み、平成五年上期以降、原告が被告の泉井に対する報酬支払に協力することの合意がされ、半期毎に、原告が、大槻の指定した金額を被告に代わって仲介口銭名目で泉井に前払し、その後、被告が原告に対し商流①などを利用し実質的に右前払金に原告の手数料相当額を加えた形の前払口銭取引が開始されることとなった。

右前払口銭取引の合意の際、上妻は、被告代表者名義の覚書の作成を要求したが、大槻に拒絶されたことから、更に大槻名義の覚書の作成を求め、大槻は、これに応じて、上妻が考案した覚書の文案に署名押印し、被告東京支店次長大槻名義で、平成五年上期の前払口銭取引につき、原告が泉井に五億円を支払い、被告が右報酬額に原告の手数料を加えた五億八八二〇万円を売買益の形で填補することを保証する旨の覚書を作成した。上妻は、この覚書に基づき、平成五年三月下旬ころ、前払口銭取引について原告の社内決裁をとった。

原告は、同年五月三一日、泉井に対し、右合意に基づき平成五年上期分として仲介口銭名目で五億円を支払い、その後、同年上期におけるサイト差取引①の商流を利用して、原告が売買益を得る形で被告から原告へ実質的に約六億三〇〇〇万円が支払われた。右商流は、大槻が、被告の需給取引と三喜興産及び原告の提供した取引の中から業転取引に適した取引を取捨選択し、価格操作をして、被告が原告及び中間業者の口銭等を負担するように組み立てたものであって、業転取引における口銭が通常一キロリットル当たり五〇円ないし一〇〇円程度であるのに対し、右商流においては原告に対する口銭を一キロリットル当たりおおむね数千円と高額に設定することにより、右報酬返還分及び原告の手数料を捻出したものであった。

なお、平成五年八月二四日、前払口銭取引が開始されことから、原告副社長中野瑛一郎(以下「中野」という。)と被告泉谷との会食が行われ、泉井、上妻も同席した。

(二) 平成五年下期についても、大槻と上妻の間の合意で、同様に前払口銭取引により、泉井に対して報酬支払をすることとされ、被告東京支店次長大槻の名義で、被告が原告に対し前払口銭取引の報酬返還分及び原告手数料分合計三億五二九〇万円を填補することを確約する旨の覚書が作成されたが、実際には、原告から泉井に対して、平成五年下期分として同年一〇月ころ約八億円が支払われ、同年上期と同様の方法により、被告から原告へ右報酬返還分及び原告の手数料として実質的に約九億五〇〇〇万円が支払われた。

平成六年度についても、大槻と上妻の間の合意で、前払口銭取引により、上期、下期それぞれ七億円の報酬を支払うこととされ、同年四月ころ、原告は泉井に対し、同年上期分として約七億円を支払い、その後、更に、上期分の報酬として一億二〇〇〇万円を追加して支払うこととされた。

(三) 以上の前払口銭取引は大槻に与えられた権限内で行われたものであり、被告の代表者らにおいてはその効力を問題とするものではなかったが、そのことは被告内部においても限られた範囲でしか知られていなかったことから、平成六年五月ころ、被告の経理部門において、これらの支出が問題とされた。そこで、泉谷(当時常務取締役)の指示で、岸(同)が大槻に対して報酬支払額を減額するよう指示した。これを受けて、大槻は、原告に対する同年五月分の填補額を約三五三万円と他の月に比して大幅に減少させるとともに、上妻に対して、泉井に対する報酬支払額を減額する旨連絡した。

上妻は、同月末ころ、泉谷と面談して、既に原告において泉井に対する報酬額七億円を前払しており、同年度の予算にも計上しているのであるから、同年上期分については、合意どおり填補するように求め、また、同月三一日、中野、上妻と泉谷の間で会食が行われ、泉井もこれに同席した。泉谷も、同年上期分について右合意どおり原告に補填することを了承し、泉井に対する報酬額の減額は同年下期以降に実施することとされた。これに基づいて、大槻は、同年五月に減額した分を穴埋めするために平成五年一一月から平成六年四月分までの被告の原告に対する売掛金を遡って値引きするとともに、サイト差取引①の商流などを利用して、同年上期分として被告から原告に対して実質的に約九億三〇〇〇万円が支払われた。

このように、被告社内において泉井に対する報酬の増額が問題とされ、平成六年下期以降前払口銭取引による報酬支払を減額することとされた上、同年六月に被告社長に就任した泉谷の指示により、これ以降、大槻は泉井に関連する事項について逐一岸(このころ代表取締役副社長に就任)に報告することとされ、何か動きのある場合には岸を通じて泉谷にも報告することとされたが、大槻に対して特に社内処分はなされず、引き続き泉井に対する報酬支払のための需給取引は大槻が担当することとされたし、泉井も従前どおり被告に出入りしていた。

岸及び泉谷の供述及び陳述書並びに泉谷の供述調書には、大槻には月額二〇〇〇万円の範囲内で報酬支払権限を与えたにすぎず、右両名は平成七年七月ころまで泉井に対する報酬の総額を把握していなかったなど右認定に反する部分があり、大槻が需給取引により現実にどの程度の報酬を支払っているかについては被告においても容易には把握し難い状況にあったことや、大槻が泉井から多額の資金援助を受けていた形跡のあることは、被告の指摘するとおりである。しかし、岸は、前記のとおり、大槻が需給部を異動した後も後任の需給部長に指示して大槻に引き続き泉井に対する報酬支払のため需給取引をさせ、平成六年五月に泉井に対する報酬額が問題にされた際には、その減額を指示しているのであるから、それにもかかわらずその総額を把握していないというのは極めて不自然であるし、泉谷についても、右報酬減額の際、上妻の要求をいれて平成六年上期分につき当初の合意どおり実施するよう指示しているにもかかわらず、増額された額について把握していないのは不自然である上、同人自身、このとき以降は岸からポイントについては報告を受けていた旨供述していることに照らすと、右供述、陳述書及び供述調書中の右認定に反する部分は、それら自体からしても信用性に疑問がある上、後記のとおり、被告は公の機関である国税当局の調査に対して泉井への報酬支払の事実を否認するなどこの点についての事実関係を糊塗しようとしていたことを考え合わせると、右各証拠は採用できない。

(四) 泉井は、当時、その人脈等を維持するための交際費を含めて毎月約八五〇〇万円の経費を必要としており、右のように急激に報酬を減額されると、直ちに資金繰りに窮するおそれがあった。そこで、泉井は、平成六年七月ころ、当面の資金繰りについて大槻に協力を要請し、大槻としても、泉井が資金繰りに窮して倒産等に陥れば、これまで密かに報酬を支払ってきたことなどが公になるおそれがあることから、泉井が経済的に破綻することのないよう資金繰りに協力し、徐々に被告からの報酬に頼らなくなるように仕向けようと考え、上妻の協力を得て、同年七月二九日、以前にも泉井の資金繰りに協力を得たタイトー石油株式会社に要請して、泉井に対し一億七〇〇〇万円の融資をさせた。大槻は、平成六年下期の泉井に対する報酬支払額を、右融資と同額の一億七〇〇〇万円とし、同年八月二九日付け被告東京支店次長大槻名義で、被告が原告に対し前払口銭取引の報酬返還分及び手数料分合計一億八〇〇〇万円を填補することを確約する旨の覚書を作成した。

これに基づき、同年一〇月ころ、原告から泉井に対して仲介口銭名目で一億七〇〇〇万円が支払われ、その後、被告から原告に対して、後記サイト差取引②ないし④の商流などを利用して、右報酬返還分及び原告手数料として約一億九〇〇〇万円が支払われた。

(五) 平成七年上期及び同年下期についても、同様に前払口銭取引により、泉井に対し、各一億二〇〇〇万円の報酬を支払うこととされ、同年二月二四日付け被告東京支店次長大槻名義で、被告が原告に対し前払口銭取引の報酬を填補し、かつ手数料各一〇〇〇万円を支払うことを確約する旨の覚書が作成された。

このうち同年上期については、同年四月ころ原告から被告に対して仲介口銭名目で一億二〇〇〇万円が支払われ、被告から原告へ後記サイト差取引④の商流などを利用して右報酬返還分及び手数料分として約一億三〇〇〇万円が支払われた。同年下期については、後記のとおり、平成七年八月末にサイト差取引④が打ち切られたことから、実行されなかった。

3  泉井に対するサイト差取引

(一) 泉井に対するサイト差取引の開始

泉井は、前記のとおり、平成六年下期以降、被告からの報酬が減額されたことから資金繰りに窮しており、報酬に加えて何らかの援助がなければ、経済的に破綻を免れない状況にあった。そこで、大槻は、上妻の協力を得て、サイト差取引により泉井に対して金融利益を与えることとし、原告の取引先であるドミニオンを新たに商流に参加させた上、月額約一億七〇〇〇万円、三か月分約五億一〇〇〇万円を泉井石油商会の下に滞留させることとし、泉井の破綻を回避した(以下、この泉井石油商会の下に月額約一億七〇〇〇万円、三か月分約五億一〇〇〇万円の資金を滞留させるサイト差取引を「サイト差取引②」という。)。

サイト差取引は実質的な融資であり、同額のサイト差取引が継続されている限り、サイト差期間中の代金相当額が滞留し、同額の無利子融資を受けたのと同じ状態となり、しかも取引継続中はこれを返済する必要もないことになるが、サイト差取引②の開始に当たっては、泉井がマレーシアにおける各種プロジェクト(以下「マレーシアプロジェクト」という。)からコンサルタント収入を得る見込みがあったことから、これにより二、三年位で実質的融資を返済し、同取引を解消することが想定されていた。

サイト差取引②の基本となる商流と各取引当事者間の決済サイトは、「伊藤忠→(三〇日)→原告→(一二〇日)→ドミニオン→(一二〇日)→泉井石油商会→(三〇日)→原告→(三〇日)→三喜興産」(以下「商流③」という。)というものである。

大槻は、三喜興産と被告との取引あるいは伊藤忠と被告との取引などを利用して、商流③又はこれを一部変更した商流を組み入れてサイト差取引②の具体的な商流を設定し、月間計画表を作成して、原告に商流を通知した。

サイト差取引②の商流の中間業者に支払われる口銭及びサイト差期間中の金利は、被告が、通常より高額で購入し又は通常より低額で販売することにより直接負担するか、直接的には三喜興産に仕入額より安く販売させることにより負担させ、他の取引において三喜興産に右負担分を含めて通常より多額の口銭を支払うことにより、間接的に負担した。

このようにして、平成六年九月分として約一億八〇〇〇万円、同年一〇月分として約一億七〇〇〇万円、同年一一月分として約一億五〇〇〇万円、同年一二月分として約一億七〇〇〇万円のサイト差取引が設定され、それぞれ翌月末に原告から泉井に対して右販売代金額相当の支払がされ、泉井に対する実質的融資が行われた。

(二) 国土産業に対するサイト差取引の解消と泉井に対するサイト差取引額の増額

平成六年秋から暮れころ、国土産業が、泉井及び大槻に対し、子会社である京阪物産に対する未収の売掛金の存在が税務上好ましくないことから、同社を清算したいとし、サイト差取引①の前記副流における京阪物産に対する一二億円の未収金勘定を解消することを要請した。大槻は、上妻に相談し、上妻の提案を基にして、国土産業に対するサイト差取引①と、泉井に対するサイト差取引②を併せて、新たに、泉井の下へ月額約五億七〇〇〇万円、三か月分約一七億一〇〇〇万円の資金を滞留させるサイト差取引を設定し(以下、この泉井の下に月額五億七〇〇〇万円、三か月分約一七億一〇〇〇万円を滞留させることを目的としたサイト差取引を「サイト差取引③」という。)、泉井に滞留した資金の中から、月額四億円、三か月分約一二億円を順次、泉井からJIC、JICから京阪物産、京阪物産から国土産業へと返還して行くことにより、国土産業の未収金勘定を解消させ、サイト差取引①は平成六年一二月分の取引をもって終了した。

サイト差取引③についても、その開始に当たって、泉井のマレーシアプロジェクトによる収入を見込んで、二、三年で解消することを前提とされていた。

サイト差取引③の基本となる商流と各取引当事者間の決済サイトは、「被告又は三喜興産→(三〇日)→蝶理又は伊藤忠商事→(一二〇日)→原告→(一二〇日)→国土産業→(一二〇日)→ドミニオン→(一二〇日)→泉井石油商会→(三〇日)→原告→(三〇日)→三喜興産又は被告」(以下「商流④」という。)というものである。

大槻は、被告と三喜興産や伊藤忠との取引などを利用して、商流④又はこれを一部変更した商流を組み入れてサイト差取引③の具体的な商流を設定し、月間計画表を作成して、原告にこれを通知した。

サイト差取引③の商流の中間業者に支払われる口銭及びサイト差を設けるための金利は、サイト差取引②と同様に、被告が直接又は間接的に負担することとされた。

大槻は、平成七年二月中旬ころ、サイト差取引①からサイト差取引③へ変更し、サイト差取引①とサイト差取引②の分を併せて泉井に対し総額一七億三〇〇〇万円の迂回融資をすることや泉井の返済見込みなどについて記載した「サイト差(120日/30日)利用迂回融資」と題する平成七年二月一六日付けの書面を作成し、これに基づいて、岸に対し、サイト差取引①を解消し、サイト差取引②と併せてサイト差取引③を行うこと、マレーシアプロジェクトなどの収入により徐々に右融資を返済させる予定であることなどを報告した(岸の陳述書中には、右の経緯を否定する部分があるが、右部分はあいまいであって信用性に疑問があるのに対し、大槻の検察官に対する供述調書のこの点に関する部分は具体的であって、これに添付された右書面の内容に照らすと、優に右経緯を認定することができ、岸の陳述書中これに反する部分は採用できない)。

上妻も、同様にサイト差取引③の経緯について中野に説明し、商流途中のサイト差解消の責任を被告が負うことは被告の泉谷社長に確認済みである旨記載した平成七年二月一〇日付け稟議書を作成して決裁に対し、原告としても、被告の要請に協力することにより取引の拡大が見込まれるほか口銭収入も得られることなどの利点を考慮して、サイト差取引①を変更しサイト差取引③を行うことを承諾した。

これに基づき、平成七年一月分として約五億八〇〇〇万円のサイト差取引が設定され、翌月末に原告から泉井に対して右販売代金相当額の支払がなされ、泉井に対する実質的融資が行われた。

4  本件サイト差取引

(一) 平成七年二月中旬ころ、国土産業がドミニオンに対して与信を与えることについて難色を示してきたことから、国土産業と中野の協議により、サイト差取引③の基本となる商流から国土産業が外れて、新たな商流でサイト差取引が行われることとなり、原告が、直接又はドミニオンを介して泉井石油商会に与信を与えることとされた(以下、この原告が直接又はドミニオンを介して泉井石油商会に与信を与える方法によるサイト差取引を「サイト差取引④」という。)。

サイト差取引④の基本となる商流と各取引当事者間の決済サイトは、「被告、三喜興産又は日商岩井石油→(三〇日)→蝶理、その子会社である川上貿易又は伊藤忠→(一二〇日)→原告→(一二〇日)→泉井石油商会→(三〇日)→原告→(三〇日)→被告又は三喜興産」(以下「商流⑤」という。)というものであり、原告→泉井石油商会の間にドミニオンが加わり、原告→ドミニオン→泉井石油商会→原告となる場合もあった。

サイト差取引④についても、泉井のマレーシアプロジェクトによる収入を見込んで、二、三年で解消することが前提とされていた。

サイト差取引④では、原告が泉井に対して与信を与えることになることから、上妻は、これによる原告のリスクを回避するため、大槻に対し、サイト差取引④に基づく原告の債権について被告が保証する旨の被告代表者ないしこれに準ずる者の覚書を要求した。大槻は、被告代表者等の名義による覚書の作成は拒絶したものの、上妻の提案した覚書の文案に署名押印し、平成七年三月一日付け被告東京支店次長大槻名義で、被告がサイト差取引④に基づく原告の泉井に対する債権について月額五億七〇〇〇万円の限度で保証する旨の本件覚書1(甲八の1)を作成した。

上妻は、平成七年二月二七日付けで稟議書を作成し、本件覚書1を添付して、サイト差取引③の商流を変更して原告が泉井に与信を与えるサイト差取引④を行うことについて原告社内の決裁を受けた。

サイト差取引④の商流については、本件覚書1には「三菱石油→日商岩井石油→伊藤忠商事又は蝶理→川上貿易→三井鉱山→泉井石油商会→三井鉱山→三菱石油、又は三喜興産→東邦石油/中部電力」との記載があるが、その実施に当たっては、大槻が、三喜興産と被告との取引、伊藤忠と被告の取引又は原告の提供した取引などを利用して、商流⑤又はこれを一部変更した商流を組み入れて月間計画表を作成し、これを上妻に通知して、更に検討を加えた上決定された。

サイト差取引の中間業者には、石油製品一キロリットル当たり五〇ないし一〇〇円の口銭が支払われ、伊藤忠又は、蝶理、川上貿易に対しては決済サイトが長いことなどから一キロリットル当たり数百円の口銭が支払われた。これらの口銭及び金利分の負担は、被告が参加している商流と参加していない商流があることから、被告が参加した商流においては、被告が通常より高額で購入し又は通常より低額で販売することにより直接負担するほか、三喜興産に対して一キロリットル当たり数千円の高額の口銭を支払っておき、これを原資として、被告が参加しない商流においては、直接的には三喜興産にその仕入額より安く販売させて負担させることにより、被告が間接的に負担した。

その後、泉井が、月額五億七〇〇〇万円では資金繰りに窮するとして、大槻、上妻に増額を要請してきたことから、サイト差取引④による融資額が増額されることとされ、平成七年二、三月分としてそれぞれ約六億二〇〇〇万円のサイト差取引が設定され、同年三、四月末に、原告から泉井に対して、それぞれ六億一八七三万四八〇二円、六億二四一九万七二〇二円に消費税を加えた額が支払われ、同年六、七月末に泉井から原告に対して支払がされ決済された。

(二) 平成七年四月ないし七月分についても、同様にして、大槻の作成した月間計画表を基本として、被告の口銭及び金利負担の下で、それぞれ約六億二〇〇〇万円、約六億九〇〇〇万円、約七億一〇〇〇万円、約六億円のサイト差取引が設定され、原告の仕入先及び販売先については別紙一ないし八記載のとおりの取引が設定された。原告は、泉井に対し、同年五月ないし七月末に、右サイト差取引の四月分から六月分として、それぞれ、六億一七三二万七〇七六円、六億八九七〇万六一三八円、七億〇五六二万七九〇七円に消費税を加えた額を支払い、同年八月末日には、六億二〇〇五万七三八四円を支払うべきであったところ、他方、泉井の原告に対する同年四月分の代金五億〇七三四万八四七七円も同日が支払期日であったことから、泉井と協議の結果、原告の支払うべき金額のうち三億円については原告の泉井に対する四月分の代金債権と対当額で相殺し、残額三億二〇〇五万七三八四円を現実に支払った。これらにより、原告は、泉井及びドミニオンに対して、第一、二6記載のとおりの販売代金債権を取得した。

(三) サイト差取引④について、泉井の要請で、当初の取引額から増額して実施され、原告と泉井石油商会の間にドミニオンが入る商流も設定されたことから、上妻が右の取引内容に見合うものに本件覚書1を差し替えるよう大槻に要請し、大槻は、作成日付を遡らせて平成七年三月一日付け被告東京支店次長大槻名義で、本件覚書1の商流中の三井鉱山と泉井石油商会の間、並びに決済条件(1)支払条件及び(2)回収条件のところに、それぞれドミニオンを加え、決済金額を月商七億二〇〇〇万円に訂正した本件覚書2を作成した。

5(一)  平成七年七月初めころ、原告社内において、サイト差取引④が本件覚書1及び原告社内で決裁された月額五億七〇〇〇万円を超えて行われていたことが問題とされたことなどから、同月四日と一三日に、原告副社長中野が被告を訪問して被告社長泉谷と面会し、サイト差取引④について、当面の取引額の縮小、解消について協議され、更に、中野が大槻名義の本件覚書に代えて被告代表者の保証書を求めたのに対し、泉谷は代表者名義の保証書は出せないものの新たな担保は検討する旨答えた。中野は、同月二五日にも被告を訪れ、泉谷、被告副社長岸と面会し、再度、同様の要請をし、サイト差取引④の解消、保証書について協議した。

中野は、同月三一日にも、原告石油部長稲井啓二(以下「稲井」という。)を同行して被告を訪れ、岸及び大槻と面会した。中野が岸に対して、本件覚書は東京支店次長名義で作成されており法的効力に疑義があるから、代表者名義の保証書を作成して欲しい旨要請したところ、岸及び大槻は、大槻名義の覚書で法的効力として何ら問題ない旨答えた。また、サイト差取引④の取引額の減少について、七月分は約六億二〇〇〇万円に、八月分は約五億七〇〇〇万円とすることが合意された。

右の経緯について、岸及び泉谷の供述及び陳述書中には右認定に反する部分があるが、中野の証言及び陳述書並びに稲井の陳述書は、具体性に富み、当時の記録によって裏付けられており、十分に信用できるものであるから、これによって右経緯は優に認定することができ、これに反する岸及び泉谷の供述及び陳述書の前記部分は採用できない。

(二) 右合意に基づき、4(二)記載のとおり、平成七年七月分として約六億円のサイト差取引が設定され、その代金については、原告は、泉井に対し、支払期日である八月末日に、うち金三億円について同日が支払期日となっていた泉井の原告に対する同年四月の代金五億〇七三四万八四七七円のうち金三億円と対当額で相殺し、残額三億二〇〇五万七三八四円を現実に支払った。

泉井は、右相殺の結果、四月分の残代金二億〇七三四万八四七七円を同日中に支払うべきこととなったが(同人は、このほかドミニオンに対する同月分の代金も支払う必要があった。)、その支払をしなかった。

このため、原告は、サイト差取引④を打ち切るとともに、被告に対して保証の履行を求めて交渉した。

(三) 平成七年一〇月ころ、中野、稲井と岸、大槻が協議した際、岸は、被告が原告に対して泉井の債務不履行分二〇数億円を融資しこれを徐々に解消するという方法を提案したが、中野はこれを拒絶した(なお、大槻の陳述書中には右の提案は岸がしたものではなく上妻の提案であるとの部分があるが、中野の陳述書中には右認定のとおりの記載があり、右協議には上妻が同席していないことや、岸が後記のとおり平成八年に入って新たな商流を設定してまで泉井を支援するよう指示していることなどに照らすと、大槻の陳述書中の右部分は採用できない。)。

他方、泉井は、当時、マレーシアプロジェクトが順調に進んでおり間もなく多額の収入が入って右債務の履行が可能と説明していたことから、大槻はこれを支援し、原告との訴訟を回避しようとし、平成八年中に自ら保証人となってドミニオンを介して泉井に三〇〇〇万円の融資を得させたほか、岸の指示で、大槻が新たに合計約二億三〇〇〇万円のサイト差取引を設定して、泉井を支援したが、同人のプロジェクトは成就せず、原告に対する債務も未払のままに終わった。

6  原告は、平成七年七月ころ、国税当局の査察を受け、その中で泉井に対する平成五年四月以降の口銭合計二二億円余の支払が同人に対する交際費の支払ではないかとの指摘を受けた。これに対して、原告は、右支払は被告の依頼により立替払をしたものであると説明し、被告に対する調査を依頼したが、国税当局は、原告の右主張を認めず、被告から原告へ通常より多額の口銭が支払われているのは、原告との取引拡大による利益等を考慮したものであって、原告から泉井への支払とは関係がないから、原告の右支払は立替払とは認められないとして、平成八年七月三〇日付けで右支払を泉井に対する交際費と認定した更正処分をした。原告は、右処分に対して、異議申立てをし、さらに審査請求を行った。

右更正処分は、被告の岸及び大槻が行った虚偽の弁解を採用したものであって、被告の常務取締役松下正幸は、同年一一月八日、泉井の脱税容疑で被告の家宅捜索等が行われた際、記者会見において右弁解と同旨の説明をした。しかし、国税当局は、平成一〇年四月、改めて原告の説明を採用し、泉井に対する支払は被告から同人に対する交際費としてされたものであり、原告は被告のために立替払をしたものであるとして、被告に対して更正処分を行い追徴課税等を行うとともに、原告に対する前記更正処分を取り消した。

二  争点1(保証契約の成否及び内容並びに有効性)について

1  保証契約の成否及び内容

(一) 前記認定事実によれば、平成七年二月ころ、サイト差取引④が設定されるに当たって、上妻が、大槻に対し、これにより生ずる原告の泉井石油商会に対する債権を保全するため、同債権について被告が保証する旨の覚書を作成することを要求し、これを受けて、大槻がその旨記載された本件覚書1を作成し、更にその後、泉井の要求で右覚書記載の決済金額月商五億七〇〇〇万円を越える額のサイト差取引がされ、原告と泉井石油商会との間にドミニオンが加わる商流が設定されたことから、上妻が本件覚書1をこれに応じた内容のものに変更することを求め、これを受けて、大槻が、決済金額を月商七億二〇〇〇万円とし、商流及び決済条件中にドミニオンを加えた本件覚書2を作成したものであるところ、これらの事実によれば、大槻は、上妻との間で、本件覚書1の作成により、被告が原告の右債務を保証するとの合意をし、本件覚書2の作成により、その内容を変更するとの合意をしたことが認められる。

そして、本件覚書上、保証限度額については記載されていないから、特に限度額は定められなかったと認めるべきである。仮にこれについて黙示的な合意があったとしても、サイト差取引④は、泉井に対し、三か月分の販売代金相当額を手元に滞留させ、実質的に融資することを目的とするものであり、これを解消するには、新たなサイト差取引を打ち切り、泉井が原告に対し右三か月分の販売代金相当額を順次返済していくことが必要であるところ、泉井が経済的に破綻すると、泉井が原告からの支払を受け取ったまま原告に対する支払を怠ることにより、最悪の場合には原告の四か月分の販売代金相当額が回収不能となることは容易に想定することができるのであるから、泉井が破綻した場合に備えて原告の債権を保全するために本件覚書1、2が作成されたことに照らして、当事者の意思を合理的に解すると、保証の限度額は決済金額の四か月分に相当する二八億八〇〇〇万円を下回るものではないと認めることができる。

(二) 被告は、本件覚書の記載上、保証の対象となる主債務は、本件覚書記載の商流上の原告の泉井又はドミニオンに対する債権に限定され、少なくとも、被告を起点として被告又は三喜興産に終わる商流上の原告の右債権に限定されるところ、原告は右商流の特定をしていないから、原告の請求は特定性を欠き理由がない旨主張する。

前記認定事実によれば、本件覚書1は、サイト差取引④の枠組みを決定するに当たって作成され、本件覚書2はこれに一部変更を加えたものであるところ、右取引の眼目は、原告の直接的な危険負担の下に泉井の手元に資金を滞留させ実質的に金融利益を与えることにあり、このことが実現でき、かつ商流を円滑に実施するための口銭等を確保できるならば、本件覚書記載のとおりの商流で実施されることは必ずしも必要ではなかったと認められるのであって、本件覚書作成時に商流を厳密に記載されたもののみに限るとの話合等がされた形跡もない。また、具体的な商流は、被告の関与なしに定められたものではなく、むしろ大槻を中心として、三喜興産又は伊藤忠と被告の取引や原告の提供した取引などに、商流⑤又はこれを一部変更した商流を組み込んで決定されていたところ、大槻自身、本件覚書作成の時点において本件覚書記載の商流に限定されるものでなく多少のバリエーションもあり得るという相互理解でいた旨供述していることに照らすと、保証の対象となる主債務は、本件覚書記載の商流上のものに限定されるものではなく、サイト差取引④を実施するために商流⑤又はこれを一部変更した商流を組み込んで設定された商流上の泉井又はドミニオンの原告に対する債務であれば足りると解するのが相当である。

そして、原告の本訴請求に係る保証債務の主債務がいずれも右の性質を有することは前記認定のとおりであるから、この点に関する被告の主張は採用できない。

2  本件保証契約の有効性

被告は、大槻は、上妻から原告の社内手続上必要であり形式的なものであるからと言われて、これにより法的効力が生ずることはないと認識して本件覚書1、2に署名押印したのであり、上妻もこれを認識し又は認識し得たのであるから、本件保証契約は民法九三条但し書により無効である旨主張し、大槻の供述及び陳述書の記載中にはこれに添う部分もある。

しかしながら、上妻はそのような発言はしていないとしており、前記認定に係る当時の状況に照らすと、上妻がそのような発言をすること自体不自然であって、大槻の右供述等は弁解を事とするものと言うほかなく、仮に上妻が右に類する発言をしていたとしても、大槻は、上妻より被告代表者名義の覚書の作成を要求されて、これを拒絶し、それに代わるものとして本件覚書を作成していることからすると、それによって法的効力が生じ得ることを十分に認識していたということができ、このことに加え、大槻自身覚書の内容については認識していた旨供述していることに照らすと、右各証拠をもって、大槻の意思表示が心裡留保に基づくものであるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

よって、この点に関する被告の主張は採用できない。

三  争点2(大槻の代理権の有無)について

1  前記認定のとおり、平成六年下期以降の前払口銭取引による泉井への報酬支払を減額したために泉井が資金繰りに窮して破綻することを回避するため、平成六年九月以降、五億一〇〇〇万円を実質的に融資するサイト差取引②が開始され、他方、平成四年九月以降、サイト差取引①が行われ、国土産業を介してJICの下に一二億円の資金を滞留させ、JICより泉井が一二億円を借り受ける状態が継続していたところ、平成六年末ころ、国土産業がサイト差取引①の解消を求めてきたことから、右サイト差取引①を解消するために、平成七年一月以降、サイト差取引①とサイト差取引②を併せたサイト差取引③が設定され、一七億一〇〇〇万円の資金を泉井の下に滞留させ、このうち一二億円をJICへの返済に充てることにより国土産業のサイト差取引①による未収金勘定を解消し、残りの五億一〇〇〇万円がサイト差取引②による実質融資を継続するものとなった。大槻は、代表取締役副社長である岸に対して、サイト差取引①についての状況を報告するとともに、サイト差取引③の開始に当たって、書面を作成して、右サイト差取引③が設定されるに至った経緯を説明した。

右のとおり、岸に対し報告、説明した上で、平成七年一月分のサイト差取引③が実施されたことからすると、サイト差取引③は、代表権を有する岸の承認の下に行われたものということができ、同人により、大槻は月額五億七〇〇〇万円、三か月分一七億一〇〇〇万円の資金を泉井の下に滞留させるサイト差取引③を実施するために需給取引を設定し実施する権限を与えられていたと認められる。そして、前記認定のとおり、サイト差取引④はサイト差取引③の基本商流を変更したものであり、昭和六二年末の泉井に対する報酬支払の開始、平成四年五月の国土産業に対するサイト差取引の開始以降、その具体的方法及びそれを実施するために需給取引を設定する権限が大槻に与えられていたことに照らすと、サイト差取引③の開始に当たって、大槻に右権限が与えられている以上、サイト差取引④についても、大槻は右金額の範囲において需給取引を設定する権限を与えられていたと認めることができる。

2  更に、大槻に、サイト差取引④について右金額の範囲を超えて需給取引を設定する権限、並びに、サイト差取引④を行うに当たって、原告の泉井及びドミニオンに対する債権について保証する権限が与えられていたか否かについて検討する。

前記認定のとおり、サイト差取引②及び③は、いずれも被告が泉井に対する報酬支払及び資金援助を解消していく過程において、報酬減額又は国土産業の取引からの離脱により泉井が破綻することを回避するために、大槻が上妻に協力を求めて開始されたものであり、サイト差取引における中間業者に対する口銭及び金利はいずれも被告が負担することとされ、マレーシアプロジェクトによる泉井の収入を見込んで二、三年で解消することを前提としていたのであって、本来被告が直接行うべき援助を原告がこれに代わって行ったということができ、法的形式はともかく、実質的には被告から泉井に対する融資につき、原告が被告のために立替払をしたものとみるべきものである。しかも、右取引を継続している限りは、原告の泉井に対する債権は総額において変動しないものの、個々の売掛債権は毎月確実に弁済されることが見込まれるものであり、取引の前提となる商流は被告がその責任で確保しているのであるから、この取引は、泉井において資金手当てができるまでの間、原告の泉井に対する売掛代金を確実に弁済させ続けるために仕組まれたものなのであって、当事者双方ともに、原告の債権が回収できなくなる事態は想定し難いとの前提で行われたものである。すなわち、この取引は、前記のように、原告は被告のために融資の立替えを行ったにすぎないことから、原告への損失が生じないように工夫されたものであって、もしこれに破綻が生じた場合には、実質的な貸主であり取引の維持に責任を持つべき被告がその損失を負担すべきことは、当事者間において当然の前提とされていたものと認めるべきである。

そして、前記認定のとおり、岸は、サイト差取引③について、その経緯及び解消の見込みなどを大槻から説明を受けていたことに加え、平成七年七月の中野との数回の会談において、岸及び泉谷は、大槻の覚書を前提としてそれ以外に書面は作成できないが、大槻の覚書で問題ない旨答えるとともに、右会談で、サイト差取引④の解消について協議され、当面、取引額を二か月位かけて五億七〇〇〇万円まで減少する旨合意がされたこと、サイト差取引④が終了した後、平成七年一〇月ころに、岸が、中野に対し、被告が原告に泉井の債務不履行分二〇数億円を融資することにより徐々にこれを解消していく方法を提案したこと、被告は、平成八年以降も、泉井のマレーシアプロジェクトを支援し、原告に対する返済に充てるため、大槻に新たにサイト差取引を設定させ、泉井に対し約二億三〇〇〇万円を融資していることなど事後の事情も総合すると、岸は、サイト差取引③の開始に当たって、右取引は、被告の泉井に対する報酬支払及び資金援助に端を発して、これを解消する過程において設定されたものであり、実質的貸主は被告であって、被告は原告に損失を与えないよう取引の維持に責任を持ち、仮に泉井が破綻した場合には、それによる損失は被告が負担すべきことになる旨認識しており、泉谷も平成七年七月の会談ころまでには、同様に認識するようになっていたと認められる。このことからすると、サイト差取引③の開始ころまでには、代表権を有する岸は、サイト差取引を行うに至った経緯及びその目的を十分に理解した上、大槻に対して、これを開始する権限を付与したのであり、右取引は、泉井が破綻した際の損失を被告が負担することが当然の前提となっていたのであるから、この前提を満たすために不可欠となる本件保証契約締結の権限も併せて付与されていたものと認めることができる。また、右一連の経緯に加え、右取引の月額が当初定められた額を超えているにもかかわらず、平成七年七月の会談の際にそのことの効力が問題とされていないことからすると、右金額の決定についても、少なくとも現に取引された程度の金額の範囲では大槻に代理権限が付与されていたものと認めることができる。

四  争点3(取締役会決議の欠缺)について

1  本件保証契約は、法的に評価する限り、泉井の原告に対する債務を被告が保証するものであり、他方、商法二六〇条二項二号にいう借財には保証も含むと解すべきであるから、本件保証契約締結に当たり、同条に基づき取締役会の決議を要するか否かが問題となる。

2  本件保証の限度額は、前記認定のとおり、二八億八〇〇〇万円を下回るものではなく、被告が実際に責任を負うべき金額もまた最悪の場合において右金額と同額であるところ、《証拠省略》によれば、被告の社内規定上、重要な保証は取締役会の専決事項とされており、保証は予め予算化し、予算の一部として取締役会に付議することとされ、二億円以上の保証予算の実行は社長の決裁事項と規定されていること、被告の平成六年度の資本金、総資産、負債総額、経常利益は、それぞれ、八〇六億五六〇〇万円、七九〇三億四九〇〇円、五六六〇億二二〇〇万円、二五七億一四〇〇万円であり、右二八億八〇〇〇万円という金額が占める割合は、資本金の約三・五七%、総資産の約〇・三六%、負債総額の約〇・五一%、経常利益の約一一・二〇%であることが認められる。

本件保証の限度額は、相当な額にのぼるというほかないが、右認定の資本金、総資金、負債額、経常利益に占める割合をみると、その金額自体からしても、本件保証が直ちに前記法条にいう「多額の」借財に該当すると断定するには疑問があるといわざるを得ない。

また、前記のとおり、原告の泉井に対する資金援助は実質的には被告の行うべき融資の肩代わりとして行われたものであるから、本件保証は、実質的には融資そのものであって商法の規定している「借財」とは言い難いものであるし、しかも、それを行う目的は、報酬減額によって泉井が破綻することを回避することにあり、換言すれば、従来支払っていた報酬の一部を融資に変更して被告の負担を軽減するものであって、新たな負担を追加するものではないのであるから、この点からも商法の規定する「借財」とは異なったものということができる。

これらによると、本件保証契約は、商法二六〇条二項二号に該当するとは認め難く、その締結に取締役会の決議を要するものとはいえないから、この点に関する被告の主張は採用できない。

五  以上で説示したところによると、当事者双方の主張を前提とする限り、被告は原告に対し、本件保証契約に基づく債務を負担しているというほかない。

もっとも、前記認定の事実関係に照らすと、本件に関する被告の一連の行為は、商道徳に著しく反するものであって、被告の経営者や大槻がその権限を濫用して行ったものであり、原告の経営者や担当者もそのことを知りながら協力したものと窺えるところである。仮に、そうであるとすると、本件事案の解決としては、本件保証契約については被告側の権限濫用と原告側のその点についての悪意を理由にその効力を否定した上、原告は大槻らの権限濫用による不法行為によって損害を受けたとして被告の責任を追及し、被告は原告も事情を知っていたことをとらえて過失相殺を主張することにより、原告にも損害の幾分かを負担させるのが公平に適すると考えられないでもない。当裁判所は、このような観点から、被告に対して権限濫用の主張をする意思の有無を釈明したが、被告は仮定的にもそのような主張をする意思はないと述べた。したがって、被告側の権限濫用の有無については判断を差し控えざるを得ない。

六  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 釜井裕子 天川博義)

<以下省略>

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